IGPI’s Talk

神 真×村岡 隆史 対談

経営者は自らの北極星を明確にせよ ── サイエンティストと経営者の共創で非連続な変化を生き抜く

科学技術の進歩が急速に早まっている昨今、企業にとってAI(人工知能)をはじめとする技術の進化に乗り遅れず、経営に活かしていくことは喫緊の課題となっています。最先端の科学技術に精通する理化学研究所の五神真理事長を迎えて、IGPIグループの村岡隆史と科学技術との向き合い方について対談しました。

科学技術がもたらす非連続な変化

村岡 200年前に黒船来航で大変革を迫られたように、日本企業は今、「3隻の黒船」に直面しています。1つ目が地政学的な変化。アメリカン・ヘゲモニー(アメリカの覇権)が終焉し、次の新たなオーダーに向かうまでの混乱期に差し掛かっています。2つ目はAI、量子コンピュータ、生産基盤など科学技術の変化です。特に注意すべきなのは、この変化があまりにも急速で、経営者にとってもキャッチアップが容易ではない状況に陥っていることでしょう。3つ目は金融市場。アクティビスト(モノ言う株主)に代表されるように金融市場のあり方も変わりつつあります。
日々経営に関わっている立場からは、そういう大変革の時代の入口に身を置いていると認識していますが、五神先生は科学技術の変化についてどのようにご覧になっていますか。

五神 私自身、中学生の頃にまだ真空管をいじっていましたが、やがてトランジスタ、TTL方式のデジタルIC、さらにはマイコン用のCPUの登場と、エレクトロニクス分野で技術革新が進みました。その中で、サイエンスや社会のパラダイムシフトが起こるのを目の当たりにしてきました。草の根的に始まったインターネットは、1990年代半ばに商用サービスが本格化し、関連サービスも次々に登場し、21世紀に入ると社会・経済全体をガラッと変えていきました。それでもなお、今の生成AIの急展開に比べれば、フォロー可能なスピードでした。
2013年頃、画像認識分野のブレークスルーを契機として、ディープラーニング(深層学習)がさまざまな分野に広がりました。私は2015年に東京大学総長に就任しましたが、当時、ディープラーニング技術によって高性能化したあるメーカーのクライオ電子顕微鏡装置の予算要求が複数の部局から出され、AI技術の急速な浸透とそのインパクトを実感したことを思い出します。
特に、データを起点に帰納的に推測する新たな数理手法の登場は革命的でした。従来の演繹的手法と相補的に予測手法を高度化し、社会にも非連続的な変化をもたらしました。たとえば生産・消費スタイルを見ても、高度成長期に日本企業が強みとした高品質大量生産モデルとは異なり、今では一品生産でありながら高品質かつリーズナブルな価格で、個に寄り添ったサービスを提供できる時代になっています。

村岡 データ活用に加えて生成AIが登場し、活用範囲の広さ、進化のスピードがさらに変わった感覚があります。

五神 そうですね。いまや技術進化が何をもたらすのか、専門家でさえ予測が難しいほどの勢いで変化が進んでいます。その中で指摘されているのが、巨大テック企業が資本とデータを集約し、国家に匹敵する影響力を持ちながら無制限競争を展開する「テクノポーラー社会」へと向かうリスクです。
「勝者総取り」の様相を帯びたサイバー空間では、数か月単位で優位が激しく入れ替わる競争が展開されています。生成AIをはじめとする技術は、競争や意思決定の時間スケールを根本から変え、従来の資本主義に備わっていた「神の見えざる手」、すなわち持続的な成長を可能にする資源配分の調整機能を壊してしまったのです。
だからこそ、私たちはより調和的で持続的な方向へと軌道修正しなくてはなりません。

村岡 新しい科学的発見や新技術が登場すると、金融市場は一喜一憂しますが、これは短期的な反応です。経営者にとってより重要なことは、その技術が最終的に社会実装され、お金に変わるまでの時間軸やプロセスを見極める力です。また、社会実装までの過程で必要とされる事業やサービスが変わるので、その変化に合わせてビジネスモデルと組織も変えなくてはなりません。その際に我々が最も苦労するのは、その技術変化の本質を理解することです。

五神 長い歴史の中で大きな技術革新の流れを振り返ると、未解明の物理法則が存在し、それがどこへ収れんしていくのかという大まかな方向感は、ある程度つかめていたように思います。目の前の変化に投資家は右往左往しますが、一流の科学者は「どこを克服すべきか」という核心は比較的見極めているのではないでしょうか。
サイエンスは人類共通の普遍的な言語です。だからこそ、後続の研究者が検証できるようにデータを示し、論文として公表するプロセスを何百年も積み重ねてきました。その科学への信頼を基盤に社会を前進させたいと、良識あるサイエンティストは考えています。
企業にとって重要なのは、その信頼あるサイエンスを経営に適切に取り込み、活用することです。ただ問題は、資本主義の短期的なメカニズムに過度に振り回されてしまう点にあります。とはいえ、現代の資本主義の下で短期の資金の流れを適切にマネージできなければ、事業は継続できません。そこを踏み外さないことは当然です。
しかし、企業の長期的な存続と成功には、よりよい社会やコミュニティへの貢献が不可欠です。それをリードするためには、より長い時間軸で何を実現したいのかというビジョンを、経営者自身が持たなければなりません。そのためにこそ、サイエンスを活用すべきだと思います。

村岡 なるほど。経営にとって重要なポイントが2つあるわけですね。1つめはサイエンスの本質を考えた時に、事業や経営が「こうあるべきだ」というビジョンを持つこと。もう1つは、AIや量子など最先端科学を経営に取り込んでいくこと、即ちAI for マネジメントまたはScience for マネジメントですね。

村岡の写真

ビジョンがあれば、ツールを使いこなせる

村岡 先が見えない不安が高まる一方で、見える化の技術も急速に進歩しています。人類の歴史は、科学技術や芸術などを通じて、見えないものを見えるようにすることで発展してきました。たとえば、経営や経済も天気予報のように予測確度が高まれば、金融市場がコモディティとなり、全く異なる差別化の要素が求められる時代になるのかもしれません。個人的には、量子の技術で新しく見えるものが出てくれば、人類の認知、ひいては市場のあり方も変わるのではないかと興味を持っています。

五神 実は、「見えないものを見えるようにすることで技術が進歩する」という発想は、どちらかといえば古典物理学的なものかもしれません。量子の世界では、必ずしも対象を直接「見る」ことが本質ではなく、見えないままの状態が物理現象を規定している場合もあります。そこで重要になるのは、想像力を働かせ、「それが可能になることで、どのようなインパクトが生まれるのか」という問いそのものを見いだすことです。自らの思考の制約を理解したうえで、それを乗り越え、柔軟に発想し、「何を実現すれば社会にとって価値があるのか」を語れる人が、社会を前に進めるのだと思います。
量子技術は、そうした思考を拡張する新たな基盤になり得るかもしれません。そのような発想のできる一流の科学者とつながることが重要であり、それが経営にも大きな差をもたらすのではないかと感じています。

村岡 日本企業は歴史的に標準化されにくいものを差別化要因として戦い、勝ち筋としてきました。今は、標準化できるものはどんどんAIや科学技術で標準化しています。グローバル化が進む中で、各国と負けないように標準化技術を取り入れたうえで、改めて日本企業が持っている標準化しづらい暗黙知を差別化要因にできるのではないかとも思うのですが。

五神 これまでは標準化を進めるための数理的手法が限られていましたが、それが一気に拡張され、「ここまで標準化できるのか」という状況になっています。その中で競争していくには、暗黙知を大切にしてきた精神をアップデートし、機械にはできないこと、あるいは蓄積された過去データの解析だけでは決して生まれないものが何かという本質を見極め、その価値を飛躍的に高める戦略が必要です。
しかし逆説的に、価値が高まるほど標準化の意義も高まり、競合は最新技術を総動員してきます。そこを読み誤り、「機械には無理だ」と思い込んで自前主義に固執していると、競争力を失いかねません。
とはいえ、最先端技術を把握し活用し続けるのは容易ではありません。個々の企業の取り組みには限界があります。だからこそ、透明性と公平性を担保しながら、誰もが安心して最先端の知見を活用できるプラットフォームを構築し、継続的にアップデートしていく必要があります。そのためには、日本単独ではなく、ライク・マインド・カントリー(価値観を共有する国々)との連携も不可欠です。

村岡 機械にできること、できないことが日進月歩で変わっていくことを前提に設計しないといけないわけですね。
今どこの企業でも議論しているのは、AIをマネジメントにどう活用するか。具体的にはAICoE(AIのセンター・オブ・エクセレンス)をつくる話ですが、ポイントはトップ直下とすることだと私は思っています。変化が極めて激しいので、今決めたことを数カ月後に抜本的に変更しないといけないかもしれない。その意思決定ができるのはトップしかいませんのでトップがコミットするのは当然となります。さらに重要なのが、自分たちは何で差別化するのか。先生のおっしゃる「アップデートされた精神」を持ってAIを使うように号令をかけられるのはトップだけです。
現状は残念ながら、多くの企業がそこまで至っていません。AIを使っていく上で何か留意すべきことはありますか。

五神 AIはあくまで経営のツールです。だからこそ、ツールに使われるのではなく、ツールを使いこなさなければなりません。私が横で見ていて感じるのは、ツールに使われる人と使いこなす人の違いは、強い情熱と意志を持って「何を実現したいのか」を語れるかどうかにあるということです。「このツールで何ができるか」から出発するのではなく、ビジョンが明確であればこそ、「これは使う」「これは使わない」という判断ができます。
その際、四半期の利益だけにとらわれるのではなく、自社が向かうべき未来の方向、いわば北極星が見えていることが重要です。日々変化する技術の評価は、ある程度専門家の知見を活用すればよい。しかし、明確な意志がないまま「どうすればよいか」と問われても、私たちは助言のしようがありません。常に100%の正解があるわけではなく、何を優先するかという判断に対して助言することしかできないからです。
ですから、経験上、やりたいことが明確でない相手とはコラボレーションが難しいと感じます。

五神の写真

マルチセクターでの共創が不可欠な時代

村岡 理化学研究所は北極星を持っている経営者と今後どのようなコラボレーションをしたいとお考えでしょうか。また、IGPIグループは産官学をブリッジする役割を果たしうる組織体だと自負しています。その力をもっと強めていく必要がありますが、そうした役割を果たすうえでIGPIグループに期待することがあれば教えて下さい。

五神 これまでの科学研究は、物理学、化学、生物学、医学、薬学など、ドメインごとに専門性を深めることで発展してきました。ところが今、生成AIなどのツールの登場によって、ドメインを横断し、パラダイムそのものを変えるフェーズに入りつつあります。そのとき理研の強みは、異なる分野のトップレベルのサイエンティスト同士が日常的に対話できる環境がすでに整っている点にあります。
海外のトップ研究機関のリーダーからも、理研は二つの点でユニークだと言われます。一つは、研究者一人ひとりが国際的にトップクラスでありながら、自分のドメインを越えた方法論を柔軟に受け入れるマインドセットを持っていること。もう一つは、組織として手頃な規模であることです。あまりに巨大であれば、トップが号令をかけても自由な人材の往来は生まれません。こうした強みがあるからこそ、新しい経済モデルを野心的に切り開こうとする経営者には、ぜひ理研というプラットフォームを活用していただきたいと考えています。
また、理研も大学も、時々刻々と変化する経済メカニズムの中にある経営体であるという意味では企業と同じです。その中で日々格闘している経営者との連携は不可欠です。実際、経営やビジネスの視点がなければ、研究テーマや戦略の判断が難しい場面も増えています。
その意味で、全体を俯瞰しつつビジネス側にも助言できるIGPIグループと、サイエンスの立場から挑戦できる理研との共創は、まさにウィンウィンの関係だと思います。機能不全が指摘される現代資本主義をどうアップデートするかを共に考え、マルチセクターで取り組んでいくことは、研究所にとってもますます重要になっています。

村岡 ありがとうございます。IGPIグループのミッションの1つは、資本主義を前に進めることです。そのやり方としては、CX(コーポレート・トランスフォーメーション)で経営自体を変えていく。そのためには科学技術の本質を理解して、それを経営に全面的に取り込んでいくことが不可欠な環境であり、そこはぜひ理研さんとの共創を進めさせていただきたいと思います。

五神 最初におっしゃったように、いまは本当に明治維新に似た局面にあると思います。これまでにない技術が一気に現れ、かつて経験したことのないスピードでの変化を迫られています。現在の日本は決して有利な立場にあるわけではありませんから、相当の知恵を絞らなければ、世界の中で埋没しかねません。
その一方で、日本には歴史的にも、思考様式や文化の面でも、他国とは異なる特質があります。狭義のナショナリズムではなく、日本の独自性を際立った価値として世界に提示することで、多様性の中で人類社会のシステムをより強靭にすることに、日本が貢献できるのではないでしょうか。
そのためには、内向きにならず外に目を向けることが必要です。しかし同時に、外と異なる自らの価値を見失ってはなりません。その実現に向けて、IGPIグループと思想を共有しながらコラボレーションを深めていけることを、大いに期待しています。

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