IGPI’s Talk

冨山 和彦× 塩野 誠 対談

変化の時代に我々はどう生きるか

AI(人工知能)をはじめとする技術進歩、日本経済の浮沈、米国に見られる自国第一主義などの国際秩序の変化など、私たちを取り巻く前提が大きく変わってきています。漠然とした不安に呑み込まれずに、変化の時代をどう生き抜けばいいのか。日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長の冨山和彦と経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEOの塩野誠が対談しました。

▶対談動画はこちら
URL(前編)https://www.youtube.com/watch?v=mpt9V1g109A
URL(後編)https://www.youtube.com/watch?v=uWB_k2ZaOyg

問われるのは主体性

塩野 今は特に「変化の時」というのが叫ばれているように思いますが、私自身が若い頃にインターネットの勃興を経験し、今生成AIの進化に立ち会っているように、物事が常に変化していますよね。一方で、米国の国際社会における信頼感の低下など、前提の揺らぎを感じる機会は増えました。そんな中で、「個人として、自分はどうしたらいいのか」という不安感を抱えている人が多いと思います。冨山さんは変化をどう捉えていますか?

冨山 私の場合、物心ついたら高度成長期で、当時の職場はパワハラやセクハラにあふれていました。年功序列という変なエスカレーターがあって、それに従順でないと生きにくい時代だった。私はそういった秩序に従順ではないし、昭和もバブルも大嫌いでした。今のほうが飛躍的に便利で、日本も全体として良き方向に向かっていると思います。人間は過去に向かっては生きていけなくて、未来に向かってしか生きていけない。そのときに問われるのが、自分の人生において変化をどう肯定できるかという主体性です。

塩野 個人の主体性、つまり、自分の想いということですか?

冨山 好き嫌いや、何をしたいかという主観です。客観と論理は判断材料として大事ですが、結局、自分の嫌いなものは嫌いだし、関心のないものは関心がないのが人間です。さらにAIは客観系が強くて、そこで勝負しても差がつかない。そうなると、その人の想い、情緒、感性を論理の上にどう乗っけていくかが大事になるんです。個人にとっても、ある人が愉快な人生を送れるかどうかはその人の主観にかかっているということが言えると思います。

塩野 今はコンビニやネットフリックスなど便利なものに囲まれた環境で、主観さえも見失い、「自分は何が好きなのかわからない」と言う人が、大人でも珍しくありません。

冨山 今までは、立派な学校を出て、JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)に行って、エリートコースに乗った瞬間に、主観を放棄する世界だったから無理もありません。ただ、ネット空間がそうしたものから人々を解放してくれるわけではありません。ネット空間は親切で便利だから、自分の好き嫌いを反芻しないで漫然と流されると、目に見えない別のエスカレーターに乗っているのかもしれない。

塩野 若年層に強い影響を与えているのが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をはじめとするオンライン空間です。他者の状況や生活を見た気になってしまい、そこでの比較やランク付けに非常に悩んでいることもあります。

冨山 そうした環境では評判が良いものも、正解自体もどんどん変遷していきます。自分が成功しているのか、ハッピーなのかを他者の評価に委ねてしまうと永久に「青い鳥探し」になってしまう。

塩野 それは先天的な気質ではないですか。

冨山 もちろん、先天的にどちらかというと自律的ではない人もいるけれど、日本の社会では、若いときから必要以上に他律化の圧力にさらされている気がします。

塩野 歴史的にも、戦後は工場労働者を画一的に作るのが良かろうと考えましたよね。

冨山 学校教育がそうした労働者を生み出そうとしたことで、本来はもっと自律的に自分の人生や好き嫌いを語れる素因を持っている人が、そうではない方向に誘導されていると思います。特に、学校教育に適応した「学歴エリート」にその傾向が強いですね。

対談の写真

書を捨て、街に出よ

塩野 世の中を面白がる心、変化を見る眼など、主体性に必要なものは後天的に養うことができますか。

冨山 世の中の同調圧力によって主体性を抑えこんでいた人たちが「このままではまずい」と思い始めたなら、今でも遅くないですね。ネット空間にも好奇心を満たすものがたくさんあります。
加えて最後は「書を捨て街へ出る」べき。街に出て、いろいろな人や現象を見る。エンターテインメント、ライブ、音楽、演劇、スポーツ観戦などヘのアクセスは昔より簡単です。

塩野 好奇心のある人が多くの機会や変化を掴む一方で、今は日本人のパスポート保有率が18%くらいで、海外に出なくなっています。

冨山 外国へ行かなくても、東京から外へ出た瞬間に違う世界はあります。JPiXがビジネスをやっているローカル空間には、マイルドヤンキー的な論理で動いている世界がある。同調圧力よりも、自分の「好き」を大事にして生きている人が多いから、みんなハッピーです。
加えて、グローバル空間も完全に個の独自性やユニークネスの戦いになっています。金融でも、スポーツでも、エンタメでも、グローバル競争はワンマーケットでチャンピオンを決めるゲームだから、日本ナントカ大賞では全然話になりません。
現状、一番不幸感が漂っているのは、グローバルとローカルの狭間で、主体性を削ぎ落された高学歴エリート空間だと私は思います。

塩野 「自分はもっと報われるべきだ」と思っている状態は不幸ですよね。主体性の面でもどっちが好きかに不安があって決められないと、「こんなはずじゃなかった」となってしまう。

冨山 主体性の最終的なメルクマールは、自分の意志の発露として、自分で決められるかどうか。そこで大きな間違いなのが、そういう決断が客観性とロジックで一義的に決断できると思うことです。それは絶対にありえない。

塩野 客観性やロジックというのが、ある種の宗教になっていますよね。

冨山 クリティカルシンキング信仰は嘘です。ファクトとロジックによって「これはどうやってもうまくいかない」という選択肢は落とせるけれど、それで1つに決まるなら、誰がやっても同じ。必ず2つか3つの選択肢が残ります。つまり、ファクトとロジックの議論は予選に過ぎず、その先に己の主体性を求められる本戦があるんですね。
例えば、自分の人生の選択として、就職する時にA社かB社かという時に、ファクトとロジックでは決められないでしょう。

対談の写真

好きなことがわかったのは30代

塩野 それでも、みんな正解があると思っている節があります。

冨山 それはね、絶対にない。だって、何が起きるかはわからないから。たとえば、今ではコンサル業は人気職種だけど、私がBCG(ボストン コンサルティング グループ)に就職したとき、4月の新卒入社は1人。周りの人から「総会屋に就職するのか」と言われました。
ファクトとロジックにおいて、なぜ他の選択肢を外したかというと、会社の繁栄は30年だという歴史的事実があったから。今は調子が良い会社でも、自分が偉くなって「これから美味しい」となるのが30年先だとすると、衰退している確率が高い。
好き嫌いで言うと、自分には年功重視のサラリーマンは無理だなと。当時のサラリーマンの新卒の初仕事は、花見の場所取り。それで会社の価値にどう貢献できるのか全くわかりませんでした。そういう主観との合わせ技で、消去法でボストンコンサルティングになった。自分の能力に自信があったとか、そういうのではなく。

塩野 司法試験にも受かっていますよね。

冨山 法律の勉強にはもう飽きていたので、結局は好き嫌いですね。ファクトとロジックで決めているように見えても、未来はあまりにも不確定要素が大きすぎます。個人の人生は全くの与件だから、論理だけで「こうなるべきだ」と考えても仕方ない。それよりも、自分の快適さ、自分の幸せを見つけることが大事。
たとえば、私はハードワークや長時間労働が割と平気だと、体力的、精神的傾向としてわかっていた。それよりも1年歳をとっているだけで威張るのが許せなかった。あとは、未来はわからないから、どこで最初の5年過ごせばスキルが身につくかと考え、コンサルがいいと思いました。
ただ、自分がどういう状況、仕事、局面で充実感や幸福感を味わえるかは、やってみないとわからない。好奇心をバリバリ持って、いろいろなことにトライしてみることが大事です。そのときの基準は、うまくいかなかった時に、それでも充実感を覚えるかどうか。成功と失敗を積み重ねるうちに、自分はどうもこれが好きだとわかってきます。

塩野 冨山さんがそれに気づいたのは何歳頃ですか?

冨山 30代半ばを過ぎてからです。経営という技能・機能で世のため人のために役に立てるなと。それまでは純粋なコンサルタントの仕事をしていたけれど、30代になって携帯電話会社の立ち上げにハンズオンで携わったんです。すると、その場の思いつきでとっとと決めて、とっとと実行して、失敗したら修正して、どんどん回していく。そのほうが、コンサルタントとして2~3カ月かけて精緻な分析をして、根拠を揃えてものを決めるよりも、限界効用が明らかに高いんです。そうした経験を通じて、自分が経営自体に関わって意思決定し、結果責任を背負ったほうが世の中に貢献できると確信したのが40歳ぐらいです。

対談の写真

経営者の巧拙で企業の命運が決まる

冨山 世の中の変化が大きくなると、決めることが重要になります。たとえば、破壊的イノベーションの後で何が起きるかなんて、わからない。ポストインターネット革命で誰の天下になるかは大外れしています。そうだとすれば、経営者の局面局面のディシジョンと、状況をどれだけ肌感覚で把握して、その兆候を捉えて対応する能力が問われます。

塩野 有事ほどそうですね。

冨山 変化はある意味、有事ですよね。それが常態になると、経営者の巧拙が世の中を決める。でも、この考え方がJTCでは否定されてしまう。経営はボトムアップで、コンセンサスだと。そうやって積み上げているから、意思決定には時間がかかっても、決めたことはちゃんと実行できますと。ところが、決まったことが戦略的に誤っていたら、実行すればするほど、会社の業績が悪くなる。
実際に会社がつぶれはじめて、個人的には、「マネジメントの時代」がやってきたなと。再生の仕事が来始めたんです。こうした局面ではスピーディーに的確な判断を進めないと、会社がまた潰れてしまいます。

塩野 それが産業再生機構の頃、2003年くらいの話ですね。

冨山 そうです。日本リースの再建などいくつかやってみて、“Leader does matter”(リーダーが重要)だと確信しました。裏返して言うと、日本の組織は現場力が高い。それをこれ以上伸ばしてもあまりリターンがない。

塩野 「兵士一流、大将三流」と言われ続けましたよね。

冨山 そのとおりで、みんなすぐに「現場をもうちょっと良くしよう」と言うけれど、もともと100メートルを10秒で走っている人を9秒で走らせるのは無理。それよりも、大将を二流か一流に上げたほうがいい。100メートル30秒の人が経営していて、それを20秒にするだけでも1.5倍になりますから。
それと並行して、日立の川村隆さんなどのリーダーが大改革をして、ますますこっちは勇気づけられ、「マネジメント時代が来ている」と確信しました。

対談の写真

AI時代のコンサルタントの要件

冨山 コンサル業界が一番量的に繁栄するのは、経営者の能力が低くて、問題状況が難しい時です。80年代に日本の経済が“Japan As No.1”の時は大きくなりようがなかったけれど、90年代以降は、みんな自信を失うんですね。それでも、会社の構造を根本的に切り替えずに、古いモデルのまま新しい状況に対応する。だから、コンサルが「アメリカではこんなことをやっていますよ」と紹介することで、量的に拡大できた。
そうやって情報の非対称でゲームができる状態はDX(デジタルトランスフォーメーション)ぐらいまで続くけれど、問題の本質はそこではなくて。マネジメントの質や、マネジメントとオペレーションの関係の再定義をしないといけない。それをやらないコンサルタントは「フィクションを語る人」になってしまうんです。これまでは、テンプレートに当てはめれば答えが出せたけれど、今後はその仕事はAIに置き換わっていく。そうなると、意思決定して、その結果が全部自分に跳ね返ってくる状態で、日々孤独に戦っている経営者のマインドセットにどこまで近づけるか。結局、AIができないのはそこですから。

塩野 情理と合理のうち、合理部分はAIが持っていきますよね。

冨山 その情理の部分で決めるのは歴史観や世界観の勝負になる。そこはコンサルであれ、経営者であれ、マネジメントに関わる人たちの共通の課題です。さらにいうと、人生は自分で選んでいくものだから、すべてが経営です。人任せにはできない。

塩野 その意味では、これは自分の人生であって、自分がリーダーとして経営をしている。人から正解を与えられるものではないと、かなり早くから知らないとダメですね。

自分の人生は自分で経営する

塩野 2026年に必要な経営者の姿はどういったものですか。

冨山 AIを部下として使いこなせることが必須だけど、その部下は嘘をつくし間違える。だから、実体験も含めたリベラルアーツが相当高いレベルでないと、騙されてしまう。リベラルアーツとは基本的に実践知のことで、一次情報としてどれだけ自分が豊かな体験や経験をしてきたか。だから、書を捨てて街に出たほうがいい。

塩野 AIによって若手の修行の場がなくなっています。

冨山 通過体験的にスプレッドシートの構造を理解することは必要だけど、それは20代まで。ファクトと分析、ロジックで、間違った選択肢を排除する仕事は今後も残るけれども、量的にはきっと減ると思います。二次情報には価値がなくなるので。
ただし、そのキャッシュフローがそう動く背景に何があるのかという本当のストーリーは、現場に行かないとわからない。できるだけ一次情報に近いところで仕事して、経営であれば、経営者の近くでものを決めてる瞬間に立ち会う。ネット上にはない一次情報を、自分の目で見て、自分の肌で感じることが価値を持ちます。
そうする中でリベラルアーツも身につきます。シェークスピアに関する論文を読むよりも、永田町で2、3年権力闘争をしたほうが、『リチャード三世』の理解は深まりますから。

塩野 現実の権謀術数が見えると。それはなかなか稀有な体験ですね。最後の質問として、50歳手前くらいで、今からJTCの経営陣、執行役員になる人は何をすべきですか。

冨山 個人としては60 歳以降のことを考えてみる。役職定年後の40 年の人生は、個として生きていくことになるので、どう過ごすかを真面目に考えておかないと大変です。自分は何が好きか。あとはCan、Will、Mustで、自分のできることで世の中に貢献し、ちゃんと引き合いがあって、かつ、自分がそれを気分良くできる。これが重なり合っていれば、人間は幸せです。
これは結局、仕事の原点で、仕事は「事に仕える」と書くけれど、何に仕えているかというと、誰かの役に立つこと。世の中の誰かの役に立つから、対価がもらえて、お呼びがかかる。

塩野 その意味では、利他も必要ですか。

冨山 利他が先にあって、リターンになって利己になります。自分の能力、スキル、人間性などをひっくるめて、どこで自分は対価が払ってもらえるくらいに世の中の役に立てるか。
その次に会社レイヤーですべきなのは、自分の会社観を持つこと。この企業は5 年後、10年後、15年後、20年後にどうあるべきなのか。自分は下っ端だから、そんな大それたことは考えられないと思うならば、社長は目指さないほうがいいですね。

塩野 視座、視点において、大それたことを考えよと。

冨山 大それた考えで、与件を疑うことが大条件です。会社にはいろいろな可能性があって、いろいろなことができる。そう捉えれば、世界が急に変わって見えてきます。長い時間軸の中で、自分が物事を動かせるんだと。上に素直な部下になるのではなく、自ら主体性をもって意思決定し、人やAIを使いこなしながら実行し、その結果責任を負う「ボス力」で、自己実現をしていってほしいですね。

対談の写真
  1. TOP
  2. メディア
  3. IGPI’s Talk
  4. 変化の時代に我々はどう生きるか